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村田諒太 5月20日世界初挑戦│エンダム戦の結果は?プロフィールと戦績も

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2017年5月20日(土)、21日(日)と2日連続、計5試合の世界タイトルマッチが行われる「ボクシングフェス2017」が開催されます。

※5月20日(土)、愛知県で田中恒成選手のWBO世界ライトフライ級タイトルマッチの初防衛戦も行われます。

この2日間のタイトルマッチのなかで最も注目されるのは、ロンドン五輪金メダリストでWBA世界ミドル級2位の村田諒太選手の世界初挑戦です。

WBAレギュラーチャンピオンの座をかけて、アッサン・エンダム選手とどんな試合をしてくるのか楽しみです。

ここでは、村田諒太選手のプロフィールや戦績、アッサン・エンダム選手との試合概要、結果をご紹介します。

▼同日開催、田中恒成防衛戦の結果はこちら
田中恒成 vs アンヘル・アコスタ

拳四朗 vs ガニガン・ロペス

比嘉 大吾 vs ファン・エルナンデス

 

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◆村田諒太世界初挑戦の概要

<概 要>
ミドル級にはWBA、WBC、IBF王者ゲンナディ・ゴロフキンという化物チャンピオンが3団体統一王者として頂点に君臨しています。

そのゴロフキン選手とWBA王者ダニエル・ジェイコブスが対戦。その結果、WBAレギュラーチャンピオンの座が空位になり、村田諒太選手と暫定王者アッサン・エンダム選手と争うことになりました。

 

エンダム選手は経験豊富で、ミドル級の全ボクサーのなかでも上位の選手。ベルトはもちろん獲ってほしいところですが、村田選手にとって世界へ踏み出したばかり。エンダム選手とどんな試合をするのかに注目。

ちなみに、エンダム選手はプロボクサーの出場が解禁されたリオ五輪のライトヘビー級で、カメルーン代表として出場。1回戦敗退となっています。

金メダリストになった男vs金メダリストになりたかった男の対戦ともいえます。

さて、現在日本では金メダリストでプロの世界王者はおらず、村田選手がエンダム選手に勝利すれば、日本人初の偉業となります。

<日 時>
2017年5月20日(土)
※この日はトリプル世界タイトルマッチとなっており、以下の選手の試合も予定されています。
・比嘉大吾 VS ファン・エルナンデス
・拳四朗 VS ガニガン・ロペス

<開催場所>
東京都・有明コロシアム
(東京都江東区 有明2-2-22)

 

◆アッサン・エンダム戦結果

●村田 諒太

12R 判定(1-2)
1人目/116-111(エンダム)
2人目/117-110(村田諒太)
3人目/115-112(エンダム)

○アッサン・エンダム

4Rにダウンを奪い、試合も村田選手のペースで進んだ試合と思えました。村田選手も勝利を確信したような表情で勝ち名乗りを待っていましたが、判定結果は以上のようになりました。

この採点結果に会場はもちろん、現役王者の山中慎介さんらも理解ができないと疑問を呈しました。果たして、なぜこのような採点になったのか…ジャッジによって結果が全く違うのも気にはなります。

ただ、村田選手がダウンを奪ったにせよ、その後エンダム選手が手数を多く出し、積極的に攻めていたとは思います。逆に、村田選手は手数は少ないものの的確なパンチを当ててはいましたが、消極的という印象はあったかもしれません。

まあ、有効打か手数かの違いってところですか?

どっちにしろ、勝てば竹原慎二さん以来の22年ぶりミドル級での王者とあって、かなりのプレッシャーがあったなか、村田選手の戦いぶりは素晴らしかったです。

試合は敗れ、黒星が付くことになりましたが、次戦に期待できる戦いではなかったでしょうか?

再度、世界挑戦することがあれば、王座獲得してほしいです。

<2017.5.21追記>
関係者のコメントは以下の通り。

◆村田諒太選手の話
この試合を組んでくれた方、ファンのために勝てなかったことが申し訳ない。もっと打つ場面があっても良かった。

ダウンを取ったし、手応えはあった。(採点は相手の)ジャブを取ったということ。効いたパンチは一回もなかった。

◆エンダム選手の話
村田選手よりたくさんのラウンドを取っている自信があった。ダウンを奪われても、ジャブを使いながら距離を取って自分のリズムで闘えたのが勝因。

◆山中慎介選手の話
ジャッジに対してショック。何を言ったらいいか分からない。村田はしっかりブロックして、自分の良さを出せていた。

◆浜田剛史氏(元世界S.ライト級王者)の話
採点にはびっくりした。村田はこれ以上ない出来だと思っていた。エンダムは手数が多かったけれど、村田はしっかりブロックしていた。

◆竹原慎二氏の話
自分の採点では5ポイント、村田君が勝っていた。すごく残念。王座を取るならば、村田君だと思っていた。勝ちに等しい負けだと思う。もう一度チャンスがあれば。

◆帝拳ジム・本田明彦会長の話
村田が勝っていた。相手は手数というよりも逃げていただけ。村田は完璧に闘うことができたので、無理に倒しにいかず、慎重になった部分はあった。

ただ、負けは絶対にない。こういう判定ではボクシングの信用がなくなってしまう。

参照元:日刊スポーツ

なお、WBAのヒルベルト・メンドサJr会長は自身のTwitterで

「私は公正な採点が下すことができないスポーツに怒りと不満を覚える。私の採点では村田が117-110で勝っていた。

村田諒太と帝拳プロモーション、日本のボクシングファンにお詫びしたい。ひどい判定がもたらすダメージをどう回復させたらいいか、言葉が見つからない。

私はチャンピオンシップ委員会に再戦を要求する」

と発表しましたが、帝拳ジムの本田明彦会長は怒りをあらわにしており、「リマッチ?やりたくないですよ」とコメントしています。

 

<記事中>

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◆村田諒太プロフィール

生年月日 1986年1月12日(31歳)
身 長 182cm
出身地 奈良県奈良市
出身校 東洋大学
所 属 帝拳ボクシングジム
デビュー 2013年8月25日
スタイル 右ボクサー

<略 歴>
村田選手は中学時代、素行が悪くケンカに強くなりたかったことからボクシングを始めるようになりました。当初、高校のボクシング部が主催する週末ボクシング教室に通っていましたが、練習がきつく長続きすることはなかったそうです。

 

南京都高校に進学後、ボクシング部に入部。そこで村田選手の大恩師の故・武元前川さんと出会い、本格的にボクシングに向き合うようになりました。

ちなみに、村田選手は当時、部員に手をあげるなどヤンチャだったそうですが、そのたび武元さんは叱るのではなく、静かに村田選手を諭したそうです。その一例をご紹介すると…

(村田選手が事件を起こした時)「お前の拳は力を秘めているんだから、一般人を殴るようなものじゃない」

「可能性を秘めているんだから、自分の可能性にチャレンジしなくてはだめ」

「努力したからといって報われるとは限らない。でも努力しないと報われない」

などの言葉を村田選手に掛けたそうです。なお、武元さんはこれらの言葉を本から紹介することもあったそうですが、村田選手にとって武元さんが代読してくれたことで心に響いたそうです。

そして、武元さんの指導の元、村田選手は少しずつ力を付け、高校2年時には3冠、3年時に2冠を達成しました。

 

高校卒業後、東洋大学に進学しボクシング部に所属。大学時代にも様々な大会に出場し、全日本選手権優勝、アジア選手権銅メダルを獲得するなど活躍。

次第にオリンピックの日本代表を目指すようになりますが、五輪アジア予選で敗退し北京五輪の出場権を獲得できなかったことで現役引退を決断。東洋大学卒業後、同大学の大学職員兼ボクシング部コーチを務めることとなります。

 

村田選手は後進の指導に励んでいたころ、東洋大学ボクシング部の元部員の不祥事により、部は活動自粛、関東大学リーグの降格も言い渡されることとなります。

コーチであった村田選手は不祥事を止められなかった自責の念に駆られることに。そして、自分が再びボクシングで活躍することにより東洋大学ボクシング部の名誉回復に繋がると考え、現役復帰を決断することに。

 

1年半ぶりに現役復帰した後、2009年から2011年に全日本選手権3連覇を果たし、国際大会でも初優勝を飾ります。そして、2011年世界選手権の結果により、ロンドン五輪の出場権を獲得。

ロンドン五輪では、大学時代から日本代表で苦楽をともにした清水聡選手が、男子バンタム56kg級で先に日本人44年ぶりとなるメダルを確定させます。

村田選手はその時のことを「どれだけプレッシャーかけてくれるんやろうって、回し蹴り食らわせたいぐらいだった」と振り返っています。しかし、ご承知の通り村田選手は日本勢で48年ぶり2人目の日本人金メダリストとなりました。

清水選手(左)と村田選手(右)

 

その後、アマチュア引退勧告やプロ転向に際してすったもんだがありましたが、2013年4月にプロに転向を発表。同年8月25日、柴田昭雄戦でプロデビューを果たし、2RTKOで勝利をおさめました。

そして、デビュー後負けなしの12連勝で2017年5月20日(土)、WBA世界ミドル級王座決定戦を迎えることとなりました。

五輪金メダリストの世界挑戦は、1968年の故・桜井孝雄さん(バンタム級)以来、49年ぶり2度目。対戦するWBA世界ミドル級暫定王者で同級1位のアッサン・エンダム選手に勝てば、日本人初の金メダリストでプロの世界王者となります。

そして、迎えた2017年5月20日、エンダム選手との試合では村田選手が4Rに右のカウンターでダウンを奪う見せ場を作りました。その後も村田選手有利の試合運びと思えましたが、エンダム選手が老練なテクニックでポイントを重ねます。試合は判定にもつれ込み、1-2の判定で敗れ、惜しくも村田選手が王座獲得とはなりませんでした。

 

<記事中>

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◆村田諒太戦績一覧

※プロ戦績は「BoxRec」を元に作成

【戦績】
・アマチュア
 138戦119勝(89KO・RSC)19敗

・プロ
 13戦12勝(9KO) 1敗
 ラウンド数/77、KO率/69%

※対戦相手の勝敗は村田選手との対戦時の戦績
<13戦目/2017年5月20日>
vs アッサン・エンダム/35勝(21KO)2敗0分
WBA世界ミドル級王座決定戦
12R 判定負け(1-2)

<12戦目/2016年12月30日>
vs B.サンドバル(メキシコ)/19勝1敗1分
3R KO勝ち

<11戦目/2016年7月23日>
vs G.タドーアーニッパー(USA)/34勝2敗3分
1R TKO勝ち

<10戦目/2016年5月14日>
vs F.S.ペドロソ(ブラジル)/12勝1敗0分
4R TKO勝ち

<9戦目/2016年1月30日>
vs G.A.ベガ(アルゼンチン)/24勝10敗1分
2R KO勝ち

<8戦目/2015年11月7日>
vs G.ジャクソン(NZL)/22勝6敗3分
10R 判定勝ち(3-0)

<7戦目/2015年5月1日>
vs D.D.アタイデ(ブラジル)/13勝1敗1分
5R TKO勝ち

<6戦目/2014年12月30日>
vs J.ニックロウ(アメリカ)/24勝4敗3分
10R 判定勝ち(3-0)

<5戦目/2014年9月5日>
vs A.ルナ(メキシコ)/17勝2敗1分
10R 判定勝ち(3-0)

<4戦目/2014年5月22日>
vs J.A.ネリオ(メキシコ)/12勝3敗0分
6R KO勝ち

<3戦目/2014年2月22日>
vs C.ナシメント(ブラジル)/29勝3敗0分
4R TKO勝ち

<2戦目/2013年12月6日>
vs D.ピーターソン(アメリカ)/13勝1敗0分
8R TKO勝ち

<1戦目/2013年8月24日>
vs 柴田 明雄(ワタナベ)/21勝7敗1分
2R TKO勝ち/プロデビュー戦

 

◆アッサン・エンダム戦績

アッサン・エンダム(33歳)
身長/180cm、右ボクサー

【戦績】
・プロ
 37戦35勝(21KO)2敗
 ラウンド数/249、KO率/57%
 デビュー/2004年12月4日

※対戦相手の勝敗はエンダム選手との対戦時の戦績
※試合数が多いため、直近6試合を掲載
<37戦目/2016年12月17日>
vs アルフォンソ・ブランコ(12勝0敗0分)
KO勝ち/WBA世界ミドル級暫定王座返り咲き

<36戦目/2016年7月30日>
vs Tomasz Gargula(18勝2敗1分)
TKO勝ち

<35戦目/2016年5月27日>
vs Robert Swierzbinski(16勝5敗1分)
TKO勝ち

<34戦目/2016年3月12日>
vs Patrick Mendy(16勝9敗1分)
判定勝ち(3-0)

<33戦目/2015年6月20日>
vs デイビッド・レミュー(33勝2敗0分)
判定負け(0-3)/IBF世界ミドル級王座決定戦

<32戦目/2014年10月1日>
vs Curtis Stevens(27勝4敗0分)
判定勝ち(3-0)

 

●まとめ

世界でミドル級は層が厚く、日本人では1995年に竹原慎二さんが世界王者になってのみ。また、日本でのミドル級事情と言えば、世界とは違い選手層が薄いそうです。そのため、練習パートナーを探すのも、軽量級に比べ苦労するとか。

そんな事情も鑑みると、いかにこの階級で日本人選手が世界の頂点に立つのが難しいのかが伺えます。

 

ちなみに、ミドル級ともなると軽量級と違いファイトマネーがかなり高額になります。今回も結構なファイトマネーが動いたと思われますし、かなり難しいマッチメークだったのではないでしょうか?

そういう点を踏まえると考えようによっては貴重な試合とも言えます。村田諒太世界初挑戦がどんな結果になるのか楽しみです。本人が納得のいく良い試合をしてほしいです。

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