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2016年リオ五輪/柔道・女子日本代表選手一覧とプロフィール

      2017/01/24

s-日本代表
リオデジャネイロオリンピック、柔道日本代表選手が決定しました。伝統ある48キロ級で初出場の近藤亜美選手は、会見でもハキハキと物怖じしない感じがして好印象でした。若さあふれる柔道をリオで見せつけてほしいです。

また、57キロ級でオリンピック2連覇を目指す松本薫選手は、4月3日に行われた全日本選抜柔道体重別選手権大会の準決勝で、審判から「待て」の声が掛かったと思い力を抜いてしまったがため、隙をつかれて敗れてしまいました。だた、これまでの実績が評価されて選出されました。敗因に関しては、松本選手が重々承知のことだと思いますので、2連覇で有終の美を飾ってほしいです。

柔道代表選手は、選出されるまでに様々な大会で実績を残さなければなりません。代表を目指してきた選手の方々、厳しい戦いを勝ち抜いてきた、ケガに苦しみながらも戦い続けたことは、それだけでも称賛に価すると思います。それでは、そんな戦いの中から選ばれた選手の顔ぶれをご紹介していきます。
※女子78キロ超級は、無差別級で行われる4月17日の皇后杯全日本女子柔道選手権終了後の発表になります。

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2016年リオ五輪/柔道・男子日本代表選手一覧とプロフィール

 

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・48kg級 近藤亜美/こんどうあみ

s-近藤亜美
リオデジャネイロ(五輪初出場)
1995年5月9日生まれ愛知県名古屋市出身。身長156cm、得意技は払い腰。三井住友海上所属。

5歳の時、兄の影響から柔道を始め、最初の大会で準優勝を飾ります。その後、いろいろな大会で上位に進みますが、年上の男子と対戦することもあってなかなか優勝ができませんでした。小学校2年生の時に、オリンピック金メダリストを輩出した大石道場へ入門。徐々に実力をつけ、その後も多少の挫折もありながらも順調に柔道のキャリアを積み上げました。

若さあふれる超攻撃的スタイルを持ち味としていますが、対戦相手によって臨機応変に戦い方を変えるのも特徴です。

※銅メダル獲得。リオ五輪日本勢メダル獲得第1号になりました

 

・52kg級 中村美里/なかむらみさと

s-中村美里
北京、ロンドン、リオデジャネイロ(五輪3回目)
1989年4月28日生まれ東京都八王子市出身。身長157cm、得意技は小外刈、寝技。三井住友海上火災保険所属。

近所の男友達と野球をして遊ぶなど活発な子ども時代を過ごします。小学校3年生の時にK-1に憧れ、空手をやりたいと母親にお願いするも蹴りが危険だと反対され柔道を始めます。中学2年生の時に、全国中学校柔道大会で全国優勝を果たします。続く、アジアジュニアでも優勝して将来有望選手として期待され始めます。

その後も順当に活躍を見せ、2008年代表選考会で優勝し北京オリンピックに初出場を果たします。北京では、銅メダルを獲得しますが、「金メダル以外は同じ」と悔しさをにじませました。ちなみに、平成生まれで初のオリンピックメダリストでもあります。

2度目のオリンピック(ロンドン)では、初戦で前回の北京で敗れた安琴愛と対戦することになりました。残念ながら雪辱は果たせず初戦敗退となりました。

その後、左ひざの手術のため長期療養に入ります。術後のリハビリに取り組んでいたころ、女子サッカー選手と知り合いになり、なでしこリーグを観戦するようになります。そのことからトレーニングにリフティングを取り入れ、340回を記録したこともあるとか。

柔道では、オリンピックで金メダルを取った時以外は笑顔を見せないと決めているそうです。是非、リオデジャネイロでは金メダルを獲得して笑顔を見せてほしいです。

※リオ五輪銅メダル獲得

 

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・57kg級 松本薫/まつもとかおり

s-松本薫
ロンドン、リオデジャネイロ(五輪2回目)
1987年9月11日生まれ石川県金沢市出身。身長163cm、得意技は袖釣込み腰、小外刈、寝技。ベネシード所属。

兄弟の影響や、親の勧めで6歳の時に柔道を習い始める。そこでは、週1回レスリングの練習も取り入れていたことから小学校時代に、レスリングの全国大会に出場して好成績をおさめました。中学時代の全国大会では、2年生の時に2位、3年生の時には優勝しています。

高校に入ると、2年生の時にインターハイで優勝。その後、戦いの場を徐々に国際大会にも移していきます。帝京大学入学後、国内の大会では向かうところ敵なしといったところでしたが、国際大会では2回戦などであっけなく敗れてしまうということもあり、本格的に外国選手の対策を行っていきます。ちなみに松本選手は、きつい練習をしなければ強くなれないと考えていたそうですが、大学2年の時、監督やチームメイトが楽しんで柔道に取り組んでいるのに気付いて、きついとは思わず楽しんで取り組めばいいと考えるようなってから、気が楽になり結果が出るようになったと語っています。

北京オリンピックの選考では、実績の点で及第点とならず、惜しくも落選しています。その後、ロンドンオリンピックまで様々な大きな大会で優勝をし、実績を積み上げていきました。

2012年には、ロンドンオリンピック代表に選ばれ、柔道日本男女で唯一の金メダリストとなります。また、オリンピックで金メダルを獲得したことにより、松本選手は世界選手権、ワールドマスターズ、グランドスラム、オリンピックなどの大会を完全制覇した最初の選手となります。石川県出身の人物でも、個人種目での金メダルは初となります。このことから、松本選手は松井秀喜さん以来2人目の県民栄誉賞を受賞します。

2016年、選抜体重別選手権の準決勝で観客席から発せられた「待て」を、審判が言ったものと勘違いし気を抜いたところを相手選手に抑え込まれ一本負けをしてしまいます。結果は3位となりましたが、実績よりリオオリンピックの代表に選出されました。

松本選手は、柔道に対する真摯な姿は見るものの心を打ちます(骨折しているのに、試合を棄権をしないとか…)。リオ五輪・柔道では、唯一連覇の期待がかかっていますが、気負わず松本選手らしい柔道をすれば結果はおのずとついてくると思いますのでケガだけには気を付けてほしいと思います。

※リオ五輪銅メダル獲得

 

・63kg級 田代未来/たしろみく

s-田代未来
リオデジャネイロ(五輪初出場)
1994年4月7日生まれ東京都八王子出身。身長163cm、得意技は内股、大内刈、小外刈、寝技。コマツ所属。

小学校2年生の時、兄の影響で柔道を始めます。強くなりたい一心で、リオ五輪代表・中村美里選手が当時在籍していた道場に通うようになる。道場では、中村選手によくかわいがってもらったといいます。小学校6年生の時に、全国大会で優勝をします。

中学に入ってから、確実に実力が上がっていき怒涛の勢いで優勝をしていきます。中学3年生の時には、16歳以下の世界一を決める大会「世界カデ」に出場してオール一本勝ちで優勝します。

高校に入学してからも、その快進撃は止まることことを知りませんでしたが、高校2年生の時に、左ひざじん帯断裂の大ケガをしてしまい、長期の療養をすることになります。長期のリハビリを経てから出場した大会では思うような結果は出せませんでしたが、2013年2月ブルガリアで開かれたヨーロッパオープン・ソフィアでは国際大会初優勝を飾ります。

その後、コマツに所属し、14年、15年の世界選手権で銅メダルを獲得し実績を積み上げていきます。また所属と階級が同じ、容姿も似ていることからアテネ・北京五輪2連覇の谷本歩実2世とも言われています。

リオ五輪での活躍を期待しています。

※田代選手はリオ五輪5位入賞となりました

 

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・70kg級 田知本遥/たちもとはるか

s-田知本遥
ロンドン・リオデジャネイロ(五輪2回目)
1990年8月3日生まれ富山県射水市出身。身長167cm、得意技は大外刈、寝技。綜合警備保障所属。

小学校2年の時に姉の愛さん(78kg超で活躍中)とともに柔道を始める。すぐに柔道に違和感を覚え、ピアノを習いたいと思うが許されず、とりあえず小学校卒業まで柔道を続けることになります。中学入学後、陸上競技に希望していましたが、姉が所属している柔道部に見学に行くとすでに柔道部員として迎えられる雰囲気を作られていたため、結局柔道部へ入部することになりました。1年生の時から全国大会でも結果を出し期待される逸材となります。

高校に進むと、インターハイ団体では姉とともに活躍して優勝。初のシニアの国際大会であるベルギー国際に出場すると、姉とともにアベック優勝を果たします。高校3年生の時に、インターハイで個人戦で優勝をします。その後、大学に進むか、実業団に入るか悩んでいたところ、アテネ五輪金メダリストの塚田真希さんが北京五輪決勝で有効ポイントをリードしつつも逃げずに攻め続け結果一本負けを喫します。その試合を見た田知本選手は、塚田さんと同じ大学で柔道をやってみたいと決め、東海大学に進学します。

大学4年生の時に、ロンドンオリンピックに選出されますが準々決勝で、左肘を負傷し気持ちが乱れ7位の結果に終わっています。

大学卒業後は、綜合警備保障に所属します。順調に実力を伸ばしている中、ドーピング騒動でつらい時期を経験しますが、それにもめげずにリオ五輪の出場を目指して切磋琢磨します。前回のロンドンオリンピックの反省を活かして、準備を怠りなく進めているそうです。五輪選考を兼ねた体重別選手権でもライバル・新井選手を破って、見事リオ五輪代表の切符を獲得します。

田知本選手は、前回のロンドンオリンピックの反省を十分に生かして準備はしているということなので、金メダルの期待をしたいと思います。

※ロンドン五輪の雪辱を晴らし見事、金メダルを獲得

 

・78kg級 梅木真美/うめきまみ

s-梅木真美
リオデジャネイロ(五輪初出場)
1994年12月6日生まれ大分県玖珠郡九重町出身。身長175cm、得意技は大外刈、寝技。環太平洋大学在学中。

家族は大分県の山間部で畜産業を営み、幼いころから牛の世話をしたり、田んぼで藁を積んだりと実家の手伝いにいそしんでいたそうです。小学校3年生の時、体の大きさを見込まれ柔道クラブに勧誘され柔道を始めます。

中学3年生の時に初めて、全国大会に出場し3位の好成績をおさめます。

高校1年生の時、インターハイに出場し個人戦では初戦からオール一本勝ちで優勝を果たします。その後も国際大会などでも活躍を見せ注目を浴びる選手となっていきます。

高校時代、梅木選手はいくつもの大学へ出稽古に行った際、一番きつかった環太平洋大学だけは絶対に行きたくないと考えていました。ところが母親の「どうせやるなら一番きついところがいいんじゃない?」というアドバイスや、バルセロナ五輪金メダリスト・古賀稔彦さんに口説かれたことで、環太平洋大学に入学することを決めたそうです。

大学3年生の時に、世界選手権の代表に選出されます。そこでは予想外の活躍を見せ優勝を果たします。世界選手権の女子78キロ級では、13年間日本の選手が金メダルを取ることができませんでした。それぐらい難しい階級での優勝です。これは古賀稔彦さんとの二人三脚での成果です。この優勝がリオ五輪代表選出の決定打になります。リオ五輪選考会の体重別選手権では、準決勝で敗れ3位になりますが実績が評価され代表になります。

古賀さんは梅木選手を「まだ70%の成長段階の選手」だと評価しています。その70%の選手を勝たせる戦略を練る古賀さんの指導力もさることながら、指導を実践する梅木選手も素晴らしいと思います。リオ五輪では是非、二人三脚で素晴らしい柔道を見せてほしいと思います。

※梅木選手は残念ながら2回戦敗退となりました

 

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・78kg超級 山部佳苗/やまべかなえ

s-山部佳苗2平泳ぎ代表・鈴木聡美さん(左)と山部佳苗選手

1990年9月22日生まれ北海道札幌市出身。身長172cm、得意技は払い腰。ミキハウス所属。

柔道は6歳の時に始めます。全国中学校柔道大会の70kg級で2位になります。高校3年生の時、全日本ジュニアでライバルとなる田知本愛選手に一本勝ちをし優勝します。

山梨学院大学に進学すると、全日本ジュニアで2連覇、世界ジュニアでは3位となります。2012年の全日本選手権では、当時世界ランキング1位だった田知本選手を判定で下すと、準決勝・決勝と勝ち抜き全日本初優勝を飾ります。その後もグランドスラムなどの国際試合でも好成績を残して、オリンピック代表選手として頭角を現していきます。

2016年4月、オリンピック選考を兼ねた柔道皇后杯では、決勝で田知本選手と対戦します。リオ五輪の代表は、実績などから田知本選手が有利でした。山部選手は代表選出のため、最後の6分間の戦いに柔道人生をかけたそうです。山部選手は積極的に攻めた結果、残り50秒の時点で田知本選手に異変が起きました。左ひざを痛め、立ち上がるのもやっとの状態。しかし、山部選手は心を鬼にして「一本を取るためなら手段を選んでいる立場じゃない」と、容赦なく左脚を攻めていきます。隅落としでの技ありから寝技に持ち込み、横四方固めで一本を奪います。

2年ぶり3度目の優勝を飾り、国際大会などの実績では田知本選手に次ぐ2番手とされていましたが、全日本柔道連盟による強化委員会での協議の結果、初の五輪代表に選出されました。

山部選手の応援に駆けつけていた同級生で、同じミキハウスに所属する競泳平泳ぎ代表の鈴木聡美さんとともにリオ五輪での活躍に期待しています。

※リオ五輪銅メダル獲得

 

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